May 05, 2009
逢坂山月心寺の庵主さま、明道尼さんは大正13年のお生まれだから、今年85歳になられるはず
去年の11月、
仕事に行く前、家事をしているときにふっと見たテレビ、NHKの生活ほっとモーニングの「この人にときめき」に出演されていた
尼さん・・・
朝ドラ「ほんまもん」の庵主さまのモデル・・・
最初、聞くとはなしに聞いていたのだが、そのうち、そのお話、お姿にすっかり釘付けになってしまい、家事はほったらかし、仕事にいくのも、遅れてしまった
その庵主さまの波乱の一代記
米屋の娘として生まれるが、たった9歳で親元をはなれ、仏門に入る
その動機といったら、9人兄弟の5番目にうまれ
生存競争の激しさから、一人っ子になりたかった!
らしいのだ
もっとも、あまりにも幼すぎたし、他の気持ちもあったかもしれない
ともかく、その幼い決意をした時から尼さんになった
親から、または周りの人から無理やり寺に行かされた、
ということは、昔ならあったかもしれない
庵主さまは、そうではなかった
わずか9歳の女の子が、親から離れ、自らの意思で仏門に入ったのだ
現代の甘っちょろい人間(私です)ならば、途中で投げ出すところの、厳しい修行に耐え、勉学にも励み、習字、和裁、料理を身につけ、戦時中の困難に会い、尼僧ながら恋をし、最後に月心寺にたどりつかれる
何でも徹底的にマスターされるその精神力、持続力、根性
そして、一人の人を思い続けた情熱と愛らしさ
一人の尼僧さまとしてはもちろん、一人の女性として、その魅力にひきこまれた
やっと平穏な日々がはじまったころ、39歳の時、交通事故に見舞われる
生死の境をさまよったあと、奇跡的に助かるが、半身不随になってしまわれた
39歳で一度死に、その後の人生はおまけの人生、
と、残った左半身の機能で、懸命に生きてこられた
月心寺の精進料理は、特にゴマ豆腐は天下一品とされる
いつか是非、月心寺を訪ね、精進料理をいただき、庵主さまの御心に触れられたらなと思う
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March 10, 2009

遣唐使と一緒に唐に留学した若き僧たち
20年の後、何度も難破しながら、ただ一人帰国した普照
そして日本に来朝した鑑真和上の物語
内側の表紙の前に見開きの地図がある
日本から、唐への地図
長安、洛陽の文字
これを見ただけで、もう、わくわくする
西暦700年台の話だ
気象予報のなかった時代!
荒れ狂う大海に漕ぎ出すと、全く命の保障はない
運がよければ到達する、という極めて危険な航海
鑑真が来朝したという事実を芯に、
その背景で、僧侶たちの運命を
鮮やかに描き出す
唐招提寺に行きたい
鑑真和上に会いに行きたい
・・・・・おほてらのまろきはしらにつきかげを
つちにふみつつものをこそおもへ・・・・
会津八一
(残念ながら、このまろき柱は唐招提寺の金堂のエンタシスではなく
ギリシャの神殿のそれを歌ったらしい・・高校では唐招提寺のだ、と習った気がするけど)
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March 03, 2009
フジコさんを初めてテレビで見たとき、演奏を聞いたとき、の感動を今も覚えている
衣装も、髪型も全く独特で、演奏された曲はリストだっただろうか、思わず引き付けられる演奏だった
そのフジコさんの自伝
フジコさんの人生からみると、私の人生なんて平々凡々
障害物なんて何もない、
見晴らしのよい原っぱで、
ちょっと石につまずいたくらいのもの、
・・・・だなあ
天才ピアニストとくらべようもないけれど・・
フジコさん、スウェーデン人の画家の父と、ピアニストの日本人の母を持つ
子供時代は戦前、戦中、戦後なのだが
お母さんの厳しいピアノのレッスンに明け暮れる
そして難民として渡ったベルリン留学
希望を見出したバーンズタインとの出会い
その中での聴力の喪失
天才と呼ばれる人は
その道の才能に恵まれているのだろうけれど
それにもましての努力がすごい
凡人とはちがいますわなあ
文庫本の真ん中あたりに
フジコさんの日記、絵、写真が35ページあまり載せられている
その絵の楽しいこと!
ジャポニスム?的な女の人の絵、ヨーロピアンスタイルの女の人の絵
お父さんが画家だけあって、絵もまたとても感性豊かで
すてきだ
今年も各地でコンサートが開かれる由
行きたいなあ
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March 01, 2009
「昭和基地」というのは知っている。「みずほ基地」というのも聞いたことがある。しかし「ドーム基地」というのは知らなかった。
地の果て、南極大陸、その中の昭和基地から内陸へ1000キロ!行った地点にある。
(雪上車で20日もかかる行程)
標高3800m(富士山より高い!)
平均気温-57度・・・最低気温-80度!
酸素も少ない、年の半分は太陽も出ないという所にある基地だ
そこで1年間、浮世と遮断されたような環境で越冬し調査、研究が行われる
筆者はそこで越冬する隊員8名のために料理を作った海上保安官だ
1年間も、たった9人だけで、しかも男だけ、閉鎖された状態で、
どうやって過ごしたのだろう
ストレス解消のため、何も楽しみのない隊員のため、
本当に事あるごとに宴会が催される
何かにつけ、宴会、パーティをする
そうでもしなければやってられない。。なあ
周りは全部冷凍庫、という中で、冷凍された食材をいかに調理するか。。限られた食材ではあるが、実に豪華版のメニューが次から次に登場する
いくら超豪華な食事でも、1週間も平常心でいられる自信が全くない私は、研究を続け、もしくはその研究を支え続けた隊員たちに
拍手を送ります
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January 05, 2009
年末から年始にかけて、北極圏、北極点、グリーンランド、に行ってきた・・・・・気分だ
「極北に駆ける」
「北極圏一万二千キロ」
「北極点グリーンランド単独行」
植村直己さんのこの北極圏三冊を一気に読む
おかげで、体の芯まで冷え切った
今日は「-24度」で温かかった!
という記述
プラス24度ではない、マイナスだ
そして-40度、-50度の世界
グリーンランド、北極圏の地図を見ながら読んでいく
こんな北の果ての島一つ一つ、岬ひとつひとつにも
ちゃんと名前があり、人が住んでいる村があることに驚く
1冊目はグリーンランドで、イヌイットの村に住み着き、犬ぞりの操り方をマスターする
そこで3000キロの犬ぞり旅行に成功する
2冊目は、グリーンランドからカナダにわたり、アラスカまで1万2000キロを1年半かけて走破する
この時は、グリーンランドよりさらに長い距離の無人地帯を犬ぞりを繰っていく
3冊目、たった一人、北極点に向かっていく
白熊の襲来、乱氷の連続、ブリザード
それらを克服して北極点に立った彼の姿はあっぱれだ
それで終わりにしたらいいのに(!)
10日もすると今度はグリーンランド縦断に挑んでいく
グリーンランドは日本の面積の6倍もある世界一大きな島だ
その85%は氷床、
周辺部にわずかに人が住むが、内陸は人どころか、
生物の住めない真っ白な氷の島だ
その島の海抜2500メートルを越える氷の山の上を
北から南、縦断するのだ
なぜそんなところに行くの?
という愚問はすまい
ハスキー犬との過酷な犬ぞり旅行は
最後までひきつけられた
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December 12, 2008
また私の好きな本に出会ってしまった
読み始めてすぐに感ずるワクワク感、
先に進むのが楽しみなような、
もったいないような、
電車の中、銀行の待ち時間がうれしい
そんな本だった
安田恭輔、彼は明治時代、アメリカに渡って船員となり、アラスカの北の北、北極圏でたった一人船を下りることとなる
苦難の末、エスキモーの村にたどりつき、
ついには、彼自身エスキモーとなって
生涯をエスキモー民族のために尽くす
本の表紙の星野道夫さんの写真が美しい
この表紙と折り込んである、アラスカ全体の地図、
シャンダラー付近の地図、を見ながら読む
今ではテレビの映像でも簡単にお目にかかれる怪しい光のオーロラ、
真っ白の氷原、ツンドラ地帯、湖沼、
文字の間からその映像が鮮やかに浮かんでくる
エスキモー、(今はイヌイットとよばなくてはならないのだろうが)その生活様式、民族様式、食はおよそ日本人とはちがう
生肉を主食とする彼らは、狩猟の達人である
しかし、自分達の必要とする以外はとらない
が、白人達の乱獲によって、食糧不足は深刻となり
疫病も流行して、村を捨て移住しなくてはならなくなる
そんな彼らのために、金(きん)を探してお金を作り
インディアンと交渉して、安住の地を探す
アラスカのモーゼといわれた彼の生涯、
日本に二度と帰ることがなかった、フランク安田の実話に基づいた話だ
本を読むと、たいていその土地に行ってみたい、と思う私だが
今回だけは・・・・
地球儀のてっぺん、
北極海の町!おお!寒っ!
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October 15, 2008
細谷亮太先生は有名は小児科のお医者様なのだが、
先日まで全く知らなかった
朝、出勤途中のカーラジオで出演されていた
その温かな語り口にすっかり見せられ、早速本を読む
そして、またこんなに素敵な方と遭遇する(!)ことができたのだ
先生は聖路加病院の小児科の先生で、小児ガンを専門にしておられる
朝から晩まで、会議、診察、外来、ミーティング、と超多忙な日々を送っていらっしゃる
ネットでお顔を拝見したが、想像していたとおりの、
「そうだよね、きっとこんなお顔だと思ってた!」と思わずうなずいてしまったような、とても優しそうな素敵な写真が載っていた
毎日、小さな子供の生と死、命のそれを見つめていらっしゃるのだが、
心から、子供達に寄り添っておられるのがわかる
山形がふるさとでいらして、毎週山形に帰って診療されている
大きな病院の仕事だけでなく、自分の原点を忘れないで仕事されている
そして、俳句
折にふれ句作をされ、なんとお遍路も実行され、きっちん宿に泊まったりされるのだ
少しも時間を無駄にせず、仕事も趣味も、
熱中される
それが、悲しいときは涙し、嬉しいときは感動する、極めて人間的な、
全く魅力的な人格を作りあげているのだろう
いたいけな子供の死、私には全くわかりようもないが
常に一人ひとりの病気の子供と真摯にかかわり
治療し、少しも偉ぶることなく
向き合っていらっしゃる
ああ、こんなに素晴らしい先生が日本にいらっしゃるのだと知って、とてもうれしくなった
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October 10, 2008
今も世界の警察官だと思っているアメリカ、
その 「おせっかいともいうべき、奇妙な親切心」・・・・司馬遼太郎はそう書いている・・・・はキューバをめぐる米西戦争から始まった
アメリカ合衆国、というのはそれを作り上げた人々にとっては、理想社会に近く、他の地域の人々も、アメリカのような自由な社会を持つほうがいい、いや、それを他の地域に及ぼす親切心を持つべきだ、という意識がひろがっていく
後年の対米戦争も、ベトナム戦争も、こういう無邪気な、しかしおよそ他人迷惑な、「善意」に基づいている
------司馬遼太郎
なるほどそういうことなのか、と腑に落ちた
歴史が好きなひとにはたまらない本だ
世界史、日本史も、この本で勉強したのなら、おもしろかっただろうに
正岡子規は俳句の改革をした、と習い、その句を学んだが、
彼の病苦との戦い、友人たちとの交わり、時代背景を、知って句を読んだなら、ナイーブな青春時代の私の心も変わっていたかもしれない
成績も、もう少しよかったかもしれない。。あはは。。
なんて、思う
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September 09, 2008
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男
平成も20年
明治どころか、昭和も遠くなってきたが・・・
「坂の上の雲」息子に勧められて、読み始めた
同じく松山に生まれ明治時代を生きた3人の男達、正岡子規と、日露戦争で活躍した秋山好古と真之兄弟、と彼らを取り巻く人々を描いている
明治、大正、というと、現代に入り、
それまでの侍の時代とは全く違うという
気がずっとしていた
去年までは江戸で、今年からは明治
「どこでもドア」のこちらと向こう、みたいにガラッとちがう世界
なんとなくそんな風に感じていた
しかし、人間が江戸の人、明治の人、とちがうわけではなくて
ずっとそのまま生き続けているわけだ
それはそうだよね・・・
当たり前か
歴史の教科書は、ここでページが変わって単元がちがっていたりするから
一旦清算して、新たに始まるような気がしていた
人々は長い間鎖国であって、世界から隔離されていたが
維新で列強に追いつこうと猛ダッシュを始める
この3人の男達も、その境の時代に生まれ、
劇的に変化していく明治の世で自分の道、日本の夢を追いかけ生きていく・・・らしい
(なにしろ、まだ1巻なので、途中経過です)
遠かった明治が、とても魅力ある時代に思えてきた
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July 05, 2008
中、高校生のころ、よくFMラジオを聞いていた
まだクラシックもよく知らない
ベートーベンとモーツアルトくらいは知っていても
曲の名前もわからない
そんなときに、覚えた曲
スメタナの「モルダウ」
これがラジオから、不思議とよく流れてきた
最初ゆったりとした川の流れ、やがて旋律が重なってきて
とうとうとした流れを感じさせる
幼いながらも、「ああ、モルダウだ」
と、とても気にいったのを覚えている
この美しい曲をうみだした国、チェコスロバキア
私がこの曲を聞いていたころ、まさにそんな頃、
この国で起きた自由化運動とソ連による弾圧がもたらした事件、「プラハの春」を描いている
最近あまり小説、というのは読まない
小説より、エッセイ、ノンフィクションの方が好きだ
これは、ちょうどその中間
作者がもと外交官であり、実際に「プラハの春」を体験している点からいえば、まさに事実に基づいた記述
一方、この話をやわらかく、艶やかに、しかも悲しく包んでいるのがカテリーナという女性
この部分はフィクションか・・・
私が高校のころでは、東欧といえばあまりにも遠く
チャスラフスカさんは知っていても(東京オリンピックは6年生だった)
何が起こっているのか、わからなかった
時代の波に飲みこまれていく、人間の悲しさ
そして体制の名の下に権力を行使する、人間の愚かさを痛切に感じる
今、チェコとスロバキアの二つの国に分かれて、
この時代とはずいぶん様変わりしたに違いない
プラハの街や、カレル橋、モルダウをぜひ、いつか訪れてみたい・・・
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April 13, 2008
たかのてるこさんの本は、「ガンジス川でバタフライ」を読んだ
「ガンジス川・・・」
その行動力、同化力に圧倒されつつ、抜群におもしろく、楽しい紀行文に引き込まれていった
次も読みたい!と次に読んだのが
ラオスを旅する「モンキームーンの輝く夜に」
そして
チベット、インドの「ダライ・ラマに恋して」
このモロッコは3作目なので、順番としてはラオスの前になる
断食というのは、例のイスラム経のラマダーンのこと
モロッコを旅行しているうち、ある日突然ラマダーンがはじまる
外国人、異教徒にはラマダーンをしなくてもいいのだけれど
そこがたかのさんらしいところで、断食をトライすることにしてしまう
日が昇っている間は、食事はもちろんのこと、水も飲んではいけない
空腹とのどの渇きの中で知り合ったベルベル人の青年と
アトラス山脈の山の中にある彼の村を訪ねることにする
ラオス篇を読んで、たかのさんが恋多き乙女であることは承知していたので、さほど驚かなかったが、
ここでもまた素晴らしい人となりの青年の家に押しかけていき、
この時は、単なる異国への興味だけなのだが、
図らずも、恋に落ちてしまう
おいおい、という感じなのだ
あまりよくも知らない人の家に泊めてもらっていいの
そんなに仲良くしてたらおのずとそうなるでしょ、と
他人の娘ながら心配になる
しかし、そうして一緒に生活してこそ
はじめて、よその国の人がわかり、こんなにも仲良くなれるのだろうけど
イスラムの国、というのは、なんとなく理解しがたい気がしていた
イスラムのことを書いた本はあまり読んだことがなかったので
近寄りがたい宗教、そして国だったが
そういう宗教もあるのだな、と少しばかりわかった
アトラス山脈の山の中にあるこの村には
今の日本人が忘れてしまっている家族の本来のあり方、
兄弟が下の妹、弟の面倒をみるとか
家族の一員として、家の仕事の役割を任され手伝うとか
そういう姿がごく当たり前、としてある
電気、水道はないけれど、ちゃんと暮らしていける
”こうこう”、と電気をつけて、パソコンに向かっている私と比べ
彼らが排出している二酸化炭素は、自分の呼吸くらいのものではないか
たかのさんの本には、写真がたくさんあるのがうれしい
こども達が本当に愛くるしい
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February 26, 2008
2番目に読んだ米原万里さんの本
「ヒトのオス~」を先に読んだので、コミカルな感じの人かと捉えてしまったが、そうではなかった
これはとても重たい本だった
表題の「アーニャ」のほか、「リッツアの夢見た青空」、「白い都のヤスミンカ」の3篇の話からなる
作者はお父さんの仕事の関係で、小学生時代をプラハのソビエト学校で過ごす
そこで、50カ国以上もの多種多様な国の子供に出会う
ギリシャ人のリッツア、嘘つきでもみんなに愛されているルーマニア人のアーニャ、優等生のユーゴスラビア人のヤスミンカなど
私と筆者は2歳しか違わない、ほぼ同世代なのだが、昭和30年代の日本と、ヨーロッパの東欧とでは、その生活はまるで違う
そこ居たからこそ書きえた真実は、とても貴重だ
まわりの誰もが日本人、友達も日本人、そのお母さんもお父さんも、おじいさんも、おばあさんも日本人
すべてが日本、という私には、民族が入り組んだヨーロッパのことは想像だにできない
私にとって忘れてしまってはるかかなたに飛んでいってしまった、小学校時代の思い出が
米原さんには、まるで昨日のことのようで、生き生きと語られていく
プラハの子供達、彼らは子供ではあるが、みんなそれぞれ生まれた国の歴史を背負っているのであり
その後もそれに翻弄されていく
米原さんは中学生で帰国し、30年後、通訳となった
そして、あの激動の東欧、(現地の人は中欧というらしいが)で音信普通となった三人を捜す
事実でありながらサスペンスのような、わくわくさせる展開だ
プラハの春、ソビエトの侵攻、共産主義の崩壊、サラエボ紛争、
ニュースで何となく聞いてはいたものの、島国にっぽんで暮らす私には、全く遠い遠い異国のできごとにすぎなかった
ユーゴスラビアやチェコのことを知る機会は少ない
ああ、そうだったのか、あの時こんなことが起きていたのかと
驚かされる
中でもヤスミンカの話は、とりわけ心に残った
最後、サラエボ空爆で終わっている
最近、またコソボ独立のニュースが伝えられた
民族間の終わりのない紛争がまだまだ続いている
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February 17, 2008
ヒトのオスは飼っていない、しかしネコ、犬のオスをたくさ~ん飼っていた米原万里さんのエッセイ
私は「たま」だけれど、ネコが好きなわけではない
ネコを飼ったこともない
たまたま、名前が「たま」なのでちょっと顔を拝借しているだけだ
家のまわりにネコがうろついていると
「コラ~!」
と声をあげて追っ払う
何も悪さをしなければ、追っ払うこともしないけれど
ときどきお土産を置いていく、やからがいるからである
だから、ネコが何を考えているか、考えてみたこともなかった
米原さんのネコ、ワンコに対する愛情たるや
すごいものがある
捨て猫、飼い主のいないワンコがいると、恋に落ちるように、ほってはおけない
仕事もそぞろになり、つい連れて帰って家族となることになる
(しかし、一度仕事優先させたら悲しいことが待っていた)
米原さんは小学校のころをプラハですごし、超一流のロシア語同時通訳となる
すごいのは、ロシア語だけではない
米原さんに通訳してもらうと
ネコ語もワンコ語も、
ああ、そうなのか
そういうことなのか、とわかるのだ
ネコの気持ち、ワンコの気持ちがこんなにナイーブで人間とかわらないものとは知らなかった
こんなに愛情を注いでもらって、彼女が亡くなった今
彼ら、彼女らがどうなっただろう、ととても心配になる
一冊で終わるのはもったいない
次も米原さんのエッセイを読んでいる
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February 02, 2008

週に一度JRで福井まで往復している
夜7時50分発の福井からの帰りは、帰宅する通勤通学客で満杯となる
学生、そして若い人は、ほとんどの人が携帯を見ている
友達と一緒にいるのに、話ながら携帯を打っている人もいる
大人であっても、携帯をさわっている人が多い
乗車している人のうち実に半数以上の人が携帯を見つめているのだ
メールか、ゲームか、情報収集か・・
ある種、異様な光景だ
「壊れる日本人」
この本の副題は「ケータイ・ネット依存症への決別」
テレビ漬け、ゲーム漬け、ケータイ依存、ネット依存が
もたらすものに筆者は危機感を持つ
急激なIT化が日本人から奪ったものを
徹底検証しなければならないと訴える
IT革命がもたらす心の発達と人格形成への影響を5つにまとめて書いている
簡単に引用してみると
1.現実の人間同士のリアルな接触が極めて少なくなり、コミュニケーションスキルが身につかない
2.相手の文脈や心情を理解する能力が発達しない
3.刺激的な映像や情報を求め、それ以外の物事に対しては無関心になる
4.キー操作で情報を選択するうち、思考も行動も自己中心的になる
5.ネットは匿名であるため、モラル意識の喪失、二重人格化が促進される
我々大人は、すでに人格が形成されたあとで迎えたIT革命であるので
そんなに心配することもないかもしれない
しかし、日本人は壊れかけた次の世代を生み出そうとしている
そして自分を考えてみるとき
昔より人と直接話しをしなくなってきているのに気がついた
つながっている、と言う感覚はあるのだが
直接会うと、話がうまくできない自分がいる
人に会って話を聞くのが億劫になっている
明らかに会話を楽しまなくなっている
むむむ、私も少し壊れかけてきたか・・・
筆者は提唱する、
ノーテレビデー、
ノーゲームデー、
ノーケイタイデー、
そしてノーネットデー
テレビを消して音楽を聴こう
ネットを閉じて、本を読もう
会話を楽しもう
そういいながら、こうしてブログを書いているのはせわないな・・・
今日はここでシャットダウンすることにする
子育て中のみなさん、読んでみてください
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January 25, 2008
この本の題はこう続く
「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」
20年パリで暮らした筆者が、肌で感じたフランス人の知恵、
と裏表紙にある
買えないものは欲しがらない
お金を出さずにあるもので、心豊かに生活するのがフランス人だそうだ
もっとも、日本人だって、倹約家はいるし、手作りでお菓子を作ったり、インテリアを考えたりして楽しく生活している人も多いと思う
ブランドに走る、昨今の若い女性や、物に囲まれているおばさんの一般的な日本人に対して、本当に大切なものは何か見極めなさいよ、と言っているのだろう
私はブランドのバッグは買わない
いや、買えない、と言ったほうが正しいけど。。
ン万円もする高いバッグ、しかもロゴ入りのバッグ
江戸時代なら、「越前屋」だの「越後屋」だの名前入りの袋を持っているようなもの
表のロゴで、一目で越前屋のもの、とわかり
「あら、奥様も越前屋、・・私もよ」
「おぬしも悪よのう」
な~んて
・・・・・・
ブランドのバッグでなくても、機能的で使いやすいバッグはたくさんある
ポケットがたくさんあったり
口が大きくて中がよく見渡せたり
使いこなせば
なかなか味もでてこようというものだ
国によって文化もちがい、日本にも日本のよさがある
それがすっかり均一化されて、すたれようとしているものもある
日本のもの、料理、ものごとを見直してみようと思ったのもひとつ
忙しさにかまけて、つい出来合いのものを買ったりしていたのは少し反省
しかし、
私だってプレゼントされれば
ブランドのバッグを喜んで持つ
負け犬ならぬ、貧乏人の遠吠えでした
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October 12, 2007
息子が大学3年だったか、そんなころ
春休みに
「ベトナムへ行く」
とい言い出した
ちょうど、その時、鳥インフルエンザが大流行していて、とても心配になり
「とんでもない!頼むから、そんなところには行かないで」
と止めた
やめるかな、と思っていたら
「では、シンガポールとオーストラリアに行ってくる」
と調子のいいことを言って、友人と二人出かけていった
でも、なんのことはない
オーストラリアには行かずに、ちゃ~んとベトナム、カンボジア、タイ、マレーシアに行っていたのだ
途中、「実は東南アジアにいます」
というメールがきたが、
その後生きているのやら、どこにいるのやら
皆目わからなかった
外務省の海外安全ホームページを見てよけい不安になったりした
3週間後、帰ってきてから聞いた話では、行きと帰りの飛行機だけ決めて、
あとは気分しだい、どこに行くのか、どこに泊まるのかも未定
友人とも途中で別れて、タイ、マレーシアでは一人旅だったという
ホテルもホテルなんていえるものではない
扇風機とベッドがあるだけの安宿だったり、長距離バスに乗って旅したりしたという
心配するやら、びっくりするやら、だったが
この本を先に読んでいたら、少し心配は小さくなったかもしれない
上には上があるものだ
しかも女の子である
てるこさんは各国旅行しているが、
これは、最初の東南アジア、インド篇だ
大部屋の安宿に泊まる
いきあたりばったり
移動はバスか列車
ガンジス川でダイビング、そしてバタフライ
息子もこの夏、インドに行ったが
”ガンジス川で泳いで死体にぶつかった”とは言ってなかった!
食事も、風習も、完全にそこに同一化できるこの順応力たるや見事なものだ
インド人に、あの屋台の食事は危ない、やめたほうがいいといわれても、何ともないタフな”おなか”
なんでも食べられる嗜好、
だれとでも友達になれる性格
見知らぬ土地にどんどん出かけていく行動力
私のパック旅行とは、まるでちがう旅行だ
現地の人と話して、泊めてもらい、一緒に食事する、
そこから本当の姿が見えて、その国のことがわかるのかもしれない
そして自分自身が見えてくる
最初とまどいがあっても、しばらく暮らしてみるうち
どの国の人も、みんな同じ一緒な人間なんだ、とわかってくる
しかし!今は、このてるこさんが旅した10年前より
よけい危ないように思う
彼女は本能的に、その人が危ない人かどうかわかるようだが
現在は否応なしに連れ去られたりする
誰もが、安全に世界を旅行できたら、どんなにすばらしいかと思うのだが
悪くなる一方だ
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October 04, 2007
腰痛になってから、早朝ウォーキングを続けている
効果がでてきたのか、
単に、治る時期がきたのか
腰痛はずいぶん楽になってきた
この本の腹巻に
「生活習慣病にダイエット・・
楽しく歩けばいいことばかり増えていく!」
とある
歩くことはとにかくいいことばかり、なのだ
歩く趣味に運動神経はいらない(私にピッタリ!)
歩くことは健康法の王様であり、
歩くことから、他の喜びが見つかる
目を見開き
耳をすませ
感覚を遊ばせながらも、研ぎ澄ませることもできる
ま、私は
半分眠気まなこで、脳は働いていないけれども
季節の移ろいを肌で感じ、
わが町のちがう姿を知ることができた
朝はずいぶん涼しくなって
これからも続けられるか、ちょっと不安だけれど
少しでも歩きたい、と思っている
本当は、通勤に歩くべきなんだけれどね
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July 28, 2007
江戸時代末期に生きた高田屋嘉兵衛の物語
筆者はストーリーを描くのに、まず、
その時代背景を克明に解説しているので
社会を、歴史を、商業を勉強させてもらっている気がしてくる
苦手なそれらは、斜めにさ~っと読みとばし
(・・・・・何も頭に残っていない!)
本筋のストーリー、魅力あふれる嘉兵衛のいきざまをつないでいく
彼は海に挑んでいく冒険心だけでなく、
確かな商売人の心、
そして日本人を代表する外交官としての能力までもをあわせ持つ
貧民層に生まれながら
その持ち前の才覚と努力と度胸で4隻の船を持つ船頭となり
ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人となる
ああ、こんなにも活力あふれた快男児が存在したのかとわくわくする
サクセスストーリーが前半部分
後半はロシアに拿捕され、カムチャッカに拉致、
全くの民間人ながら、日本の代表としてロシアとの関係改善に挑んでいく部分
何百年も鎖国、ご禁制にとらわれた幕府の役人と見比べるとき
世界史や世界の状況を何も知らない彼であっても
堂々とロシアとわたり合い、外交を進める彼の姿勢は圧倒的だ
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April 24, 2007
チベット青蔵鉄道、というのが最近人気らしい
あのラサまで行くことができる
途中、高度があまりにも高いために、飛行機なみの装備がされ、酸素マスクが備わっているという電車だ
先月、東京に行くとき、
そうそう、新幹線で読む本は、チベットの本、これにしようと持っていった
初めに読んだのは、ちょうどブラピさんで映画化された頃だから
10年あまり前
初めて読んだときは、前半部分の、ハラーがチベット・ラサにたどり着くまでの苦難の道のりが、とても強烈に感じられた
収容所からの脱走に失敗して、独房につれ戻されても、
また脱走する、精神力に驚かされた
あの大脱走のスティーブ・マックイーンのごとくだ
3回目なんとか成功し国境を越え、チベットに入ることができるものの
ラサにつくまでに21ヶ月もの月日がかかっている
飢えとヒマラヤのマイナス30度という寒さと、危険、
生きてたどりつけたのが、奇跡に近いような感じだ
今回はそれも勿論驚かされたが
後半のチベットでの生活をとてもおもしろく読んだ
ハラーはチベットでダライラマの家庭教師になる
当時彼が目にしたチベットの宗教的文化遺産は
もう今は、多くは残されていない
中国の侵攻によって、寺院は破壊され
人々の生活も計り知れないほど変わった違いない
虫一匹も殺さない、殺せないために
道路や、整備事業が捗らなかった時代は、終わっただろう
でも、人々の心の中にある素朴な信仰心は現在も変わっていないのかもしれない
先日もテレビで五体投地の様子を写していた
この脅威的な信仰心の前には、何の言葉もかなわない
どうも政治的なむずかしい話は苦手だが
チベットの紀行文として、貴重な体験からの物語は実におもしろい
五五体投地する体投地する
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April 15, 2007
「星の音が聞こえますか」松森果林
松森果林さんを知ったのも、ラジオだった
NHKのラジオに出演されていた
ラジオの話を聞いていたら、
はじめ驚いて、
次、感動して、
次、涙して、
また、感動して、
そして、楽しくなって、
思わずこのエッセイを注文した
松森さんは耳が聞こえない
小学校4年の時、右耳の聴力を失い
左耳も中学2年ごろから次第に聴力が衰えていき
高校2年の時、全く聞こえなくなってしまう
それまで聞こえていたので、話すことはできる
ラジオの対談は、手話と読唇術で聞き手の声を聞き
話をされていた
小学校のとき、右耳が聞こえなくなるが
両親に心配をかけたくない、泣かせたくない、と聞こえているふりをする
小さい心にとてつもなく大きな不安をかかえながら、
しかも確実に聞こえなくなっていく
全く聞こえなくなった朝、
大丈夫、すぐ治る、と自分に言い聞かせても胸騒ぎはおさまらず
濃い霧に包まれて何も見えないごとく、何も聞こえなくなる
両親に聞こえない、と告げたとき・・・お父さんが力強く紙に言葉を書かれる
「お前の涙を見ていると、いっそのことお父さん達も耳が聞こえなければと思う。
お父さん達の耳をお前にあげたいと思う。けれど、もしお父さんがお前と同じ立場だったら、絶対乗り越えるぞ」
・・・・・・と
そして、果林さんは、見事に乗り越えられたのだ
現在は、ユニバーサルデザインで活躍中
しかも、「松森 空(そら)」君という3歳の男の子のお母さんでもある
この子育て記がとてもおもしろい
言葉が話せるようになる前に、手話でお母さんと話をした1歳前の空君
なんと、言葉が使えない赤ちゃんでも
ちゃんと手話が理解できるのだ
これには驚いた
言葉が話せず、泣くか笑うかしか訴えることができない赤ちゃんでも
実はちゃんと言葉を表現できるらしい
彼は3歳であるけれど、聞こえないお母さんと話をするときは、
読唇できるようにはっきりとした口の形で、
しかも手話をしながら話す
彼の能力にもびっくりしたが、
お母さんのはつらつとした子育てにも感動した
今、子育て中の方にも是非おすすめです
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March 18, 2007
先日、車の中のラジオで、
小菅もと子さんという方の話を聞いた
認知症の姑と暮らし、その姑の絵の展覧会を開いた、という話だった
その話の軸となっていて、展覧会の題でもあるのが
「忘れても、しあわせ」
というフレーズだった
通勤途中の短い時間だったので、
じっくり話を聞くことはできなかったのだが、この
「忘れても、しあわせ」
という言葉がとても印象に残った
認知症で、いろんなことは忘れてしまうけれど・・・・
絵を描いた、ということさえも忘れてしまうけれど・・・・
このお姑さんはとても幸せなのだ
何日かあと、本屋さんで
この本を見つけ、さっそく読んでみた
もう、ただ、ただ、頭がさがる
こんな、すばらしいお嫁さんがいるだろうか
もと子さんははじめからお姑さんと同居していたわけではなく
一人暮らしとなった姑を三男の嫁である彼女がひきとった
もうすでにその頃からおばあさんの認知症は始まっていて
とても大変な介護の日々が待っていたのだ
ほっておいたら、どんどん認知症は進んで、心も荒れ果て
誰も手がつけられないような状態になったかもしれない
それを彼女の優しさと努力がくいとめ
こんなにもすてきな絵を描くおばあさんが生まれたのだ
このおばあさんは、小さい時、親の愛情を受けることなく育ち
結婚してからは子供4人残して夫に先立たれ
苦労の連続の人生だった
子供を育てあげ、それぞれ結婚し、
その後、認知症になってしまった
・・・・けれど
もと子さんのおかげでこれ以上幸せな姑はいないだろう、
と思われるくらいの幸せを得られたのだ
このおばあさんにとって、もと子さんは嫁ではなくて
母なのだ
孫たちのお母さん、という意味ではなくて
まるで子供に帰ってしまったかのような認知症のおばあさんの母
幼い子にさせるように教え、導き、膨大な努力の甲斐あって、
なんとか認知症の進度を抑えることができ、平穏な生活をつくりあげている
私にも89才の姑、84才の母がいるが
私は彼女たちのお母さんになっているだろうか
まだまだである
幸いにも二人とも認知症ではないが
私は自分の生活に追われ、子供のままである
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March 02, 2007
食べ物の好みがいろいろなように、愛読書も人さまざまだろう
私の好きな本
「ワイルドスワン」ユンチアン
「蒼穹の昴」浅田次郎
「竜馬がいく」司馬 遼太郎
そしてこれ、「おろしや国酔夢譚」
他にも好きな本があるけれど、これらは何度読んでもおもしろい・・・と思うのだ
家には一冊ハードカバー本があるが、書店で文庫本を見つけて買った
持ち歩くにはこれでなくては
飛行機の中で、これを読もうと持っていった
1782年、鎖国中の江戸時代
船頭・大黒屋光太夫以下17名の乗員は紀伊家の廻米を積んだ神昌丸で伊勢・白子の浦を出港し、江戸へと向かった
が、激しい嵐にあい、舵を失い、漂流してしまう
漂流すること8ヶ月
先日3日間漂流し、無事発見された漁師、カメラマンの方がおられたが
こちらは8ヶ月、海の上を漂流する
その8ヶ月の間に船はどんどん北に運ばれ
なんと今のアリューシャン列島に漂着する
その地球の北のはずれの島で4年の月日を過ごすのだ
仲間も17人から9人に減ってしまう
光太夫は絶望の中でも、いつしかロシア語を覚え、
ロシア人と新たな船を建造して、西のカムチャッカ半島に向かうことになる
1ヶ月の航海で着いたカムチャッカ
そこは島よりもさらに凍てつく地だった
そこで1年過ごし、今度は大陸オホーツクに向かう
日本に帰国したい嘆願書を何度提出しても音沙汰がなく
希望とは反対に、だんだん、だんだん日本から遠のいていかざるを得ないのだ
オホーツクからヤクーツク、そしてバイカル湖のほとりイルクーツク、まで行く
ここまでで、すでに7年の月日がたっていた
さらに女帝エカチェリーナ2世に帰国願いの直訴をすべく、
ヨーロッパのペテルブルグへと、厳寒のシベリアを越えてソリの旅を続ける
女帝の前で卑屈になることなく堂々と謁見を了えた光太夫は、
遂に故国日本の土を踏むことができるのだ
あの嵐の日から実に10年の年月がたっていた
しかし、鎖国の世に外の世界を見てしまった光太夫を待ち受けていた運命は
あまりにも悲しい
これは小説のなので、事実に基づいているとはいえ
作者の創作の部分も多いだろう
しかし、光太夫の人間性がこんなにも輝いて書かれているため
漂流の末の、果てしない旅をして帰ってきた日本人は
こんな人物だったにちがいないと思える
今われわれが読んであげなくてどうする
(つい夢中になる私です・・)
彼らが伝えたかったものを感じ取ってあげたい
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February 15, 2007
オーケストラは素敵だ
オーボエ吹きの修行帖 「茂木大輔」
茂木さんのおもしろエッセイ
難解な曲でも、超技巧の曲でも演奏できてしまうであろう、スーパーエリート集団のN響の首席オーボエ奏者だ
どんな曲でも吹けちゃうんだろうな
クラシックは好きだけれど、オーケストラをそんなに知っているわけではない
でも、ふんふん、あの世界はこんな風になっているのか、と興味深く読んだ
たったひとつの空席をめぐって、バトルを繰り返すオーディションをくぐりぬけ、晴れてオーケストラの一員となれる
しかし修行は厳しいものだ
す、すごい!
地下室にこもり、
10回連続で吹き、1回でもミスしたら、またはじめからカウントする
という方法で、気がふれたように練習する
団員になったあとも修行は続く
完全無比なチューニング
音量、音程、アタック、音色
まわりにぴったりあてはまるように
ミクロ的感覚で自分の音程、スピードを合わせる
それをコントロールできる人ばかりで作りあげる音楽は
楽しいだろうな
コンサートに行くと、休憩のとき、必ずトイレに行くようにしているけれど
これは観客だけではなかった!
演奏者も、その15分の間に
楽器をいったん片付け、
トイレに行き、
水分を補給し、
時間があったら、もう一度トイレに行き、
万全の体制で臨んでいたのだった
そのほかにも、知らなかった裏話がたくさん
実に楽しく盛り込まれているので
音楽好きな人にはおすすめだ
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January 19, 2007
かもかのおっちゃんはすごい人気ですね
実家の84歳の母までも
「いい男だねぇ」
といっている
あんないい男がおるかしらん
かもかのおくさん、田辺聖子さんは、直木賞作家と思っていたが
さにあらず、芥川賞だった
私の中に、芥川賞は、小難しい純文学、苦手
というイメージがあって、あの洒脱な聖子さんの物語とはあわない気が勝手にしていたのだ
聖子さんの本、
そのうち、ちょっとしか読んでないのに
偉そうなことは口幅ったくて申し述べられないが
そんな気がしていたわけ
ところが受賞作「感傷旅行・・センチメンタルジャーニイ」
を読んだら、さもありなん、と納得した
こういうのを若々しい瑞々しい感性・・・
というのだろうか
あふれ出てくるような才気が満ち満ちている
「感傷旅行」と漢字で書いて「センチメンタルジャーニイ」とルビをふるあたりが
ナイーブな感性・・・
・・・悲しいかな、私の乏しい感性、語彙では表現できない(涙)・・・
石川達三氏が、まるでジャズのような作品と評されたらしいが
うまい表現だ
でも、やはり、心のひだ、ひとつひとつずっと下まで掘り下げて
何か探す、ようなしんどい話は苦手で
・・・軽い人間の私には、今読んでいる「求婚旅行」
の方がぴったりとくる
このおじさんも、またいい男なのだ
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January 10, 2007
古い本だからか、アマゾンで本のイメージが見つからない
はじめて読んだのは20代のころ
聖子さんの本が面白かったのは覚えているが
どんな内容だったかはとんと忘れていた
今となってはすっかり登場人物の年齢を超えてしまい
話の内容が妙に自分に重なったりする
あの頃、この話の主人公、中年医師の三太郎や、妻の玉子の心情がわかったのか
いやわかっていなかったかもしれない
今読むと、ひとつひとつ胸にくるのだ
尼崎の下町で皮膚科を開業する中年、三太郎と、妻玉子
子供たちは、学園紛争の後遺症で内ゲバに巻き込まれたり
高校中退して問題を起こし、警察の世話になったり
その中で、親として悩みながら、悶えながら、人生の喜びを味わっていく
世の中の価値観にとらわれず
何が本当の幸せなのか
落ちこぼれの子供、世間の考え方からは外れている子供、
に振り回されながらも、人間の本当のやさしさをその中で問う
どうしようもないくらい荒れている子供たちなんだけれど
それを、ユーモアあふれる語り口で明るく淡々とすすめる
そんなに子供に期待しても思うようにはならんし
いつかは出ていくものだ
早くほっぽり出せ
ということだ
とにかく面白い
今、この年の私が読むからかもしれない
子育て中の人にもおすすめだ
もっとも、悩みのない人には無用か
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January 07, 2007
おせいさんとカモカのおっちゃんは
会話を楽しむために夫婦になったようなのだ
前妻と死に別れたカモカのおっちゃんは、とにかく「飲み相手」が欲しかった
酒飲んでしゃべりあう相手こそ男と女の正しいありかた
という
おせいさんはまたそれに輪をかけたようなおしゃべり好き
おしゃべり、というよりも人生を楽しむべく会話を楽しんだ
そして、自分だけの男が、行住坐臥、自分のそばにいるという楽しみは大変な幸せだとのたまう
自分だけの男ねえ・・・・よくおっしゃること
「濡れ落ち葉になってまとわりつかないで」という人もい、
また、おせいさんのようにいくつになっても足音にも心をときめかせてもいる御仁もいるのだ
会話を楽しむといっても、
わが夫婦のような、下世話な話題ではない風だ
漢語がぽんぽん飛び出す、
辞書を片手にでないと意味がわからないような
高尚なやりとりのような感じだ
(勿論、ご本人は辞書などいらない、聞いている私が必要なだけ)
わが夫もときどき
「お母さん、話しよう」
という
会社でも一緒にいるので、他のご夫婦より話している時間は長いと思う
われ等が話は、仕事のことが80%
家に帰ってまで仕事の話は
「もう、いいよ」
といいたい
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January 04, 2007
「老学生の日記」坂本武信
副題には
63歳・東京外大3年
とある
筆者は定年を前にした58歳の夏の日、突然心筋梗塞で倒れ救急車で運ばれる
九死に一生を得、助かった彼は定年を前に退職する
「濡れ落ち葉はダメ」
会社はやめてもいいけれど、私にまとわりつくのはやめて
と妻にいわれ
第二の人生をいかに生きるべくか模索中
偶然大学の社会人入学というのをみつける
もともと、語学を勉強するのが好きだったようで
東京外大の門をたたく
あまり深い意味もなく、たまたまポーランド語を選ぶ
そして、本当に59歳で学生になったのだ
老学生というけれど、私からするとそんなに老人ではない
同輩という感じだ
そんな彼が40歳も年下の若者たちと一緒に勉強し、
親友もガールフレンドも作る
コンパだって行き、一緒にランチし、語り合い
若者文化まで学ぶ
勿論、ポーランド語を懸命に学び、かの地で語学研修も毎年受けている
さらに、そこでいろんな国の友人を持つことになる
始めのきっかけはたまたまだったけれど
ポーランド語をきっかけに、ポーランドおたくになるくらい勉強する
記憶力は大丈夫なのか
学期末試験は大丈夫なのか
心配になるが
そんじょそこらのおじさんではなかった
会社員時代、海外駐留の経験もあり
もともと英語は堪能で、フランス語も少し話せる
凡人とは比べるべくもないが
おじさんが若者の中で頑張っておられるのは頼もしい
しかも洒脱な語り口の文章がうまい
今年、4年生になられる
続編のエッセイを読みたい
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October 07, 2006
「赤ひげ診療譚」山本周五郎
山本周五郎といえば、「樅の木は残った」「長い坂」
そして「赤ひげ診療譚」だろう
いやまだまだあるけれど、これも文句なしにおもしろい
五つ☆では足りない
もっとあげたい
☆☆☆☆☆☆でも足りない(と勝手に私が思っている・・・何しろ好きなもので)
最初にこの作品に触れたのは、NHKのドラマだったと思う
誰が演じていたかは覚えていない
何年かして、映画を見た
これは三船敏郎、加山雄三が演じていた
長崎遊学から江戸に戻り、幕府の御目見医の席に着くはずだった
エリート医師の卵、である登が、どういうわけか
庶民、貧民の施療院、小石川養生所にまわされることとなる
患者は汚い貧しい貧乏人ばかり
医者としての挫折感を味わい、さらに婚約者に背かれた心の傷を受けた登は
全く反抗的な態度をとり、なかなか養生所になじまない
しかし養生所の患者や、巷の患者にふれ、赤ひげの指導についていくうち
徐々に変化し成長していく物語だ
「赤ひげ診療譚」・・・ああ、お医者の話ね
と、私も読み始め思いだしたが、その実、それのみならず、
これはやはり山本周五郎の江戸の庶民の世界を描いた話だった
長編ではあるけれど、それぞれテーマのちがう8つの短編からできている
現代でも通じるトラウマの話、うつ、貧困、
でも、その底に貧しい人々に対する赤ひげの、作者の、人間愛、やさしさが満ち満ちていて
登が、名誉、富をけって、この養生所に残る決意をするラストが
待っている
彼はまた、こうして赤ひげ2号になっていくだろう、ことを思うと
何ともたのもしい
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October 04, 2006
「五瓣の椿」山本周五郎
山本周五郎の中で、ちょっと異色の本
サスペンス好きの方に向いているかも
初めて読んだのは20代のころで
この主人公が自分とそんなに年が離れていなかったせいか
おどろおどろしいものを感じたものの
どっぷりとその世界の中に浸り、忘れられない題名となった
今読むと、う~ん、18の娘がこんなにも妖艶で女らしくあり、
しかも意思強く、手の込んだ策略をめぐらすことができるものか・・・
と、思ってしまうが
そんな 夢のないことはいうまい・・・・
五人の男に罪を償わせるため暗殺していく話を
簪(かんざし)と椿のはなびらという同じ設定で
つむいでいくのは絵をみるようだ
単純に、次々暗殺する、いうのではなく
自分がちがう5人の人物に成り代わっていく
しかも途中から、与力の青木某という人物が主人公を追い詰めていく
山本は、法と掟、人間の葛藤を描いた、なんて解説もあるが
そんな、こむずかしいこともいいじゃないか
楽しめればいいと思うのだ
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September 20, 2006
「おたふく」昭和24年、
「妹の縁談」昭和25年 、
「湯治」昭和26年
この3冊は書かれた年はちがうが、いずれも登場人物が同じで、三部作になっている
書かれた順番でいうと、「おたふく」が一番昔なのだが
ストーリー的には「妹の縁談」が一番はじめの話
「湯治」が二番目
「おたふく」が最後、完結編になっている
おたふくを書いた筆者は、どうしても、その前の話が書きたくなったのだろう
この話の主人公おしずとおたかは、山本周五郎が再婚した奥さんとその妹がモデルとなっているといわれる
おしずは自分で自分のことを「おたふく」といっているが
底なしに明るくてこころの温かい、愛すべき女なのだ
人のことは決して悪く思わない、言わない
他人のことは決まって褒めるか感心している
彼女にとっては、悪い人間などは一人もいないのだ
そして、自分のことは、いつものろまでおたふくだといっている
しかも器量よしなのだが、両親、兄弟の面倒をみているうちに
いきおくれてしまった
しかしずっと思い続けていた好きな人と、
れて一緒になれるのだ
この「おたふく」は半ば相思相愛の話で、途中、いい加減にしてちょうだい
というくらい、お互いがほれあっているのだけれど
ハッピーエンドの話は楽しい
山本周五郎というと、大衆小説、オール読み物、という感じだが、
「大衆小説」それでもいいじゃないの(ひらきなおっている私です)と思う
この時代に生きた武家も、庶民も、岡場所の女も
人間をかくも深く描いていて、現代人の心もしっとりとさせてくれ
こんなにもひきつけるのだ
おたふく 新潮文庫「大炊介始末」
妹の縁談 新潮文庫「つゆのひぬま」
湯治 新潮文庫「松風の門」
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September 17, 2006
佐賀のがばいばあちゃん「島田洋七」
2.3人の方のブログで紹介されていて、
みなさん太鼓判だったので読んでみる
がばいとはすごいとい方言らしい
昭和33年、昭広少年は広島から佐賀の
すごいおばあちゃんのところにあずけられる
私は彼とは2つ下だけれど
まさにこの時代は昭和30年代、
三丁目の夕日とも重なる時代だ
このばあちゃんはまさに貧乏の極みという生活だが
なんとあっけらかんと明るいのだろう
このたくましく生きる知恵、考えには拍手を送りたい
後ろをみないで、前向きに、あるがままに受け入れ
生きていることを楽しんで生きる
人に気づかれないように親切にする
・・・・ ・・・・
友達の24色のクレパスをうらやましく眺めていたこと
10円の消しゴムでも、新しいのを買ってもらうと嬉しかったこと
自分の思い出とかさねて懐かしくなってしまった
それこそ、日本中が貧乏な時代だったけれど
ものを大切にし、人と人とのつながりを大切にしていた
こんな社会が今も続いていたなら
環境問題も起こらず、親殺し、虐待、殺人、心の病も起こらないだろうな
と思ってしまう
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September 14, 2006
「つゆのひぬま」とは「露の干ぬ間」である
深川の小さな娼家に働くおぶん
不幸な過去を持つ良助を客にとる
年かさの娼婦おひろは、労咳の浪人の夫と子供をかかえている、と
自分の身の上話を作り上げ、金をためるのに励んでいる
おひろは、客との間に真実の愛は育つはずがない
といい、またそうなってもならないと決めている
おひろにいわせれば
「どんなに真実想いあう仲でも、きれいで楽しいのはほんの僅かの間、
露の干ぬまの朝顔、ほんのいっときのこと」
なのだ
おぶんにそう忠告するのだが、おぶんはそれでも
だんだんと良助を待つようになる
ラストシーン、大洪水で屋根の上にとり残されたおひろとおぶん
愛情に不信感をもっていたおひろは、助けにきた良助の真実の愛に
ガツ~ンと一発くらわされるのだ
自分のためた全財産をおぶんの懐に押し込み、
おぶんを良助の船にのせ
「・・・・つゆのひぬま・・・・といったのは取消してよ」
と、一人屋根に残る
おひろはこの先どうなるのかもわからないが
妙にすがすがしいのだ
私の場合、結婚して28年もたった(もった?)のだから
つゆのひぬまというわけではないかも。。。。。
しかし、人生そのものはあっという間、
つゆのひぬまですね
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September 12, 2006
またずっと同じ作家のばかり読み出してしまった
しばらく山本周五郎にはまっていくかもしれない
文庫の裏書を見ると、はじめの私の中のブームは結婚する前
次は今から12年くらい前
読みたくなるとしばらく続くが
そのうち、戦前のものにいきあたったりし
良妻賢母や(好きな「花筵」はまさしくこれで矛盾するけれど)、
武家の、何よりお家大事という思想にまとわりつかれると
その古さに嫌気がさしてきて、そのうち読まなくなる、
年数がたつと、内容を忘れてしまうこともあり、
いったん手にとると再び、彼のおもしろさに再びはまっていく
名もない市井の人々を描いた作品は
現代にも合い通じる点があって
あまり古さを感じさせない
どうしてこんなにいきいきと
今見てきたかのように書けるのだろう
部屋の間取り、置いてある道具
路地の様子
まるで映像を見ているかのように、頭に描けるのだ
このそしてこの「さぶ」は、表題のさぶよりも、むしろもう一人の人物、栄二の物語のようでもあり
彼の心もちを、精神状態を、じっくりと描いていく
でも、さぶあっての栄二、栄二あってのさぶ
愚図でのろまだけれど、全く誠実なさぶの純粋な行動は、
私を最後の最後までひきつけてやまない
とにかく読み出したらやめられない
先を読みたいが、読んでしまうのが惜しい
明日仕事中に猛烈に眠くなるのが恐くて、
もうやめよう、
とやっと本を閉じる
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September 09, 2006
NHKのドラマで、山本周五郎の「ちいさこべ」をするという
もう、すでに第1回は済んだのかな?
おっと、この短編は私の好きな話だった
風邪をひいて寝込んでいる時
腰痛で動きたくない時
そういう時に山本周五郎を読みたくなる
好きな本が何冊かあったが、どんどん忘れていく
また取り出して読んでみた
本当はこの「ちいさこべ」の前に入っている、「花筵」が大のお気に入りだったのだが
山本周五郎は下町ものも、武家ものも好きだ
「花筵」は次にまわすとして
「ちいさこべ」のはなし
江戸の大火で二親を、家を、すべて失いながら
再建に奮闘する大工の若棟梁の話だ
誰の世話にもならず店を再建させる、とかたくなに頑張る若棟梁は
気難しいけれど、心音はやさしい
そんなにまでも意固地にならなくても、と思うくらいの彼の
一本気がこの話の魅力だ
ここにもう一人の主人公、おりつがいて、
彼女が孤児の面倒をみるという話がからんでくる
これが最後なの?というくらい
静かな終わり方なのだが
どのように演出されているのか見てみたい
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September 07, 2006
「流れる星は生きている」藤原てい
壮絶な・・・・
想像を絶する・・・・
過酷な・・・・・
どのような表現をもってしてもその苦労、艱難辛苦を語れない
幼子3人を連れた母親の
満州から日本への引き上げの手記だ
昭和20年8月9日、ソ連参戦の夜、
5才、3才、生まれて1ヶ月の子の3人を連れ
夫と生き別れ、藤原ていは引き上げの旅を余儀なくされる
この夫が、新田次郎
3才の子が藤原正彦氏である
満州の新京という所から、北朝鮮の宣川まで列車で移動し
次の年の7月までこの北朝鮮の町で南下する時を待つ
夫は気象台に勤務していたので
彼女も観象台疎開団の一員となる
助け合いの精神や、団としてまとまりなんとか日本に帰ろうという
のが、全くないわけではないが
ぎりぎりの状態で、人間はどう行動するのか、
美しいことなんて全くない
他人のことをかまったりはできない
また、誰もかまってくれない
次々と人が死んでいく中で、子供3人を守るために
石鹸を売り、ゴミをあさり、ついには物乞いをする
1年後、いよいよ南下がはじまる
38度線を越えるときは、はだしで山を越え、川をいくつも渡り
生きているのが不思議な状態で今の韓国にたどり着く
私なら、とっくに死んでいるだろう
かわいそうだが、うちの子供たちなら助かってはいまい
とにかく、すごい母である
後年、夫の新田次郎氏とけんかになったとき
彼女が
「誰が子供たちを日本まで連れて帰ってきたとお思いですか!」
というと、
彼は、何もいわず部屋にこもったという
彼とても、ソ連軍の捕虜となり心に深い傷を負ったのだが
彼女のこの本に刺激されて、作家活動に入ったとされる氏は
この母たるてい氏には、何も言えなかったらしい
5つ☆ではたりなくて、もうひとつ☆を追加したい本だ
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September 01, 2006
「遥かなるケンブリッジ」
藤原さんの本はこれが3冊目
このあと、「数学者の休憩時間」を読んだ
今「祖国とは国語」を読んでいる
「父の威厳 数学者の意地」というのも買った
はじめの本が面白いと、他の作品も読みたくなる・・・・
「若き数学者のアメリカ」がよかったので、その他の本も読んでみようと思った
本屋さんには、「国家の品格」のベストセラーにのっとって、
ちゃっかり藤原さんのコーナーがある
一挙にたくさんの本を集めていて
しかも本の帯には(これは、腹巻というのだっけ?)
『いま、話題のベストセラー「国家の品格」の藤原正彦の次男坊が英国でいじめに!どうする、パパ!』
なんて文字が躍っている
思わず手にとってみたくもなる
私は藤原さんと本屋の売り上げに貢献(?)したわけだ
(といっても、文庫本だからたいしたことはないけどね)
はじめは彼を数学者だと思っていたので
文学的なにおいがなんとも新鮮だった
アメリカの留学の時は独身だったのだが
イギリスにわたるときは3児の父となっていて
数学的視点からだけでなく、父親としての視点からも
イギリス生活が語られ、より厚みをました滞在記となっている
彼は、当初、イギリス英語にとまどいながらも、難なくこなし
かの地で、家族の個々の問題に悩みつつ、数学の研究に励む
イギリスというと、落ち着いた、紳士の、くもり空の、ビートルズの、スコーンの
・・・・・・というイメージしかない貧困な発想の私だったが
あっ、イギリスって こんなところもあるのだ、と初めて知ることも多かった
街の美しさ、紳士、ヨーロッパに比べて特異な気質、
風変わりなことを容認する社会、貴族社会、
そして人種差別、などなど・・・・・
中に入り込まないと、イギリスのよさはわからないようだ
でも、英国に一度は行ってみたい
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August 24, 2006
何人かの方のブログでおもしろいですよ
とすすめられていた本
先日、本屋さんで見つけて読んでみた
長い間忘れていたような読後感だった
大人の本とはどこか違う、
まだすっきり自分がわかってない時代に
右に左に揺れながら大きくなっていく時に
昔、読んだことがあるような
そんな読後感だった
今となっては、もう全く遅いかもしれないが
ナイーブな感受性が豊かであったころに読んだら
もう少し、まともな人間になっていたかもしれない
すでに大人になってしまった人が、子供向けの本を書くというのは
簡単そうに見えて、とてもむずかしいと思う
そんな心をとっくに忘れてしまっている
魔女の手ほどきをする、主人公の祖母は
魔女ではなくて、もっとも人間らしい人間なんだろう
規則正しい生活をし、自然の中で暮らし、何でも自分で決めていく行動力を見につけさせようとしている
こんなおばあちゃんになりたいものだが
あせらず、ゆっくりと見守ることが果たしてできるだろうか
うちの子供たちにいっていたように
「早くしなさい!」
といってしまいそうだ・・・・孫となるとちがうかしら。。。
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August 15, 2006
「若き数学者のアメリカ」藤原正彦
「国家の品格」の著者の藤原正彦さんの
若き日のアメリカ滞在記
数学大嫌い、数学におぞましき思い出しかない私は
数学者というのは、頭の中が数字で埋まっている
心からご尊敬申し上げるが
まったく硬い、論理的な発想でものを考えるのだろう
というような、勝手な印象があった
日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であるという「国家の品格」で、ちょっとちがうなとは感じていた
そして、この若き日のアメリカ滞在記は、より文学的な、泥臭い、人間的なにおいがしたのだ
彼は、理性と欲望のはざまで行動し
悩み、つまずき、はまり込み
妙に哲学的で(哲学的って具体的にどういうこと?
とつっこまれると、アハハ、イメージでもの言っているだけで
そんな感じというだけ・・・)さえある
彼は、まさしく作家の血を受け継いでいると感じたのだ
これは全く数学者ではなくて、文学者の本だ
あの、お顔、髪型からして、若い青春時代があったのかしら・・・(失礼)
と思ってしまうが、今から30年以上前、ミシガン大学に研究員として招かれ、難関を乗り越えてコロラド大学の助教授となる
冬のミシガンで孤独に苛まれ、不安、コンプレックスに彼の心の奥深くが病んでいった様子が、雪と一緒に語られる
そして、フロリダでの転地で元気を回復し、
アメリカを愛し、その上でアメリカを、再び冷静に見つめていくことになる
「国家の品格」はこの導線があったのだな・・・・
と思った
続いてイギリス版も読んでみたい
お父さんの遺作も出筆中と聞く
こちらも完成するのが楽しみだ
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August 01, 2006
「ボクの音楽武者修行」小澤征爾

あの世界の「オザワ」が若いときスクーターでヨーロッパ音楽修行に出かけた
というのは有名な話らしい
「なんだ、お前知らないのか」
と、亭主に馬鹿にされたが、
この本を読むまで知らなかった
彼が、一人貨物船に乗せてもらい
・・・・・・ひぇ~い、また貨物船だ(前回読んだ、星野道夫さんも貨物船で渡米したっけ)・・・・・・
60日間かけて、フィリピン、インド、アフリカ、シシリー島を経て、
フランスに留学したのは、彼が24歳のときだ
マルセイユについてからは、ギターを背負い、日の丸をかかげて
スクーターに乗りパリまで走る
明確な進路が決まっているわけでもなく、
ただヨーロッパに音楽の勉強に行く
ということだけできてしまうのが、なんとも無鉄砲な気もするが
とにかく若さと情熱で、どんどん切り開いていってしまう
しかも、着いて半年後くらいに受けた指揮者のコンクールで
、第一次、第二次と予選を勝ち抜き
48名中、優勝をかっさらってしまう
とにかく、とんとん拍子、いや本当はすごい勉強の甲斐あってだろうが
天才「オザワ」はどんどん指揮者の道を突き進んでいく
何年か前に、テレビでオザワセイジさんの魅力にせまる番組を見たことがあった
彼のアメリカの家、
彼の書斎だか、倉庫だかは、楽譜で埋め尽くされていた
世界の「オザワ」となってからも
彼は毎朝、早朝4時からの勉強をかかさないという
この初めての指揮のコンクールのときも
楽譜はすべて暗記(これをスコア読みというらしい)
朝起きてから夜寝るまでスコアを離さず、食事のときも暗譜
という勉強づけの日々だ
彼が留学したのは、昭和34年、今から47年も前のことだから
今とちがって、通信手段も発達しておらず
さぞかしたいへんで、不安だったろうと思う
それでも、実家や友人との手紙は数繁くやりとりされたようで
家族の思いや、彼の思い、やさしさが伝わってくる
あれから40年以上もたっているが
ボストンや、ウィーンで活躍を続けている彼は
本当に天才であり、努力家なんだなと思う
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July 24, 2006
「旅をする木」星野道夫
星野道夫さんという人を知らなかった
本屋さんで何気なく手にとった本
ぱらぱらとめくってみると
16歳で2ヶ月のアメリカ一人旅・・・とある
うむ、この手の話に弱いのだ
即、読んでみる
彼は私と同じ1952年うまれ
16歳のとき
私が歌を歌って(あはは合唱部だった)のほほん とした高校生活を送っているとき
彼は一人で移民船にのりアメリカにわたる
ロスアンゼルス、グランドキャニオン、ニューヨーク(なんと彼はPPMの事務所まで訪ねている)
ニューオリンズ、メキシコ、カナダ・・・・・
危険と隣り合わせの旅をしながら、世界の広さを知り、
さまざまな人々が、それぞれの価値観で
一生を送っていると知る
19歳のとき
私が、のほほん とギターを弾いているとき
彼は、かねてからの念願だったアラスカで
3ヶ月間、狩猟民族とともに生活する
その後アラスカでの留学をへて
本格的にアラスカで生活をはじめる
美しいがとてつもなく厳しいアラスカや、そのほかの世界の自然の中で、
彼は人の住まない荒野に入って、風景や動物のたくさんの写真をとった
とった・・・・というのは
残念ながら、彼は1996年取材にいったかカムチャッカで
熊に襲われ亡くなっている
彼はあくまで写真家だから、読むのではなく作品を見た方がいいのかもしれない
彼のページには、
多分その一瞬をとるために、シャッターチャンスを狙っていた彼の様子が思い浮かぶような
すばらしい写真が飾られている
なんて広大なけしきなんだろう
動物のさまはおもわず見とれてしまう
街の中に暮らしていると
こんな世界があることも忘れてしまっている
宇宙からみたら青い地球のほんの小さな一員でしかないのに
わがもの顔で暮らしている人間
彼は自然と、人間の関係を
自然と共生している人間の側に住み、
文化的な生活をしている人間に
そのことを伝えたかったのかな
折りしも、、今、NHKのハイビジョンで彼の番組が放送されている
悲しいかな、うちはハイビジョンがみられない
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July 20, 2006
先日読んだ浅田次郎のプリズンホテル
その秋号の後ろの解説を、安藤優子さんが書いていた
ん?安藤優子さんて聞いたことあるけれど
誰だっけ?
ふむふむ、思い出した
民放のニュースキャスターしている人だ
お顔も思い出した
颯爽、きびきびとしている人ね
どういう人なのかあまりよく知らない
見たことはあるけれど、いつもよく見ているわけではない
その解説がなかなかおもしろかったので
このとき、文章も書く人なんだと知った
・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・
息子のへやを通ったときに
(我が家はベランダが息子の部屋にあるので、洗濯ものを干すときに毎回通る)
何気なくみた本棚に
安藤さんの名前を見つけた
主はいないけれど、ちょっと拝借する
文麻呂、貸してね~
彼女は高校生のとき、1年間アメリカにホームステイする
温かく迎えいれてくれたホストファミリーの大家族との、
本当の家族のようなつきあいや
ハイスクールでの体験が
面白く、さわやかに書かれている
もっとも出だしは、クリントン大統領とのホワイトハウスの取材から始まるので
一種のサクセスストーリーではある
彼女が留学していたのは、べトナム戦争が終わったあとのころだった
ホストファミリーが、アジア人である彼女を泊めたのも
自分たちがアジアとどう向かいあえばいいか考えるためだった
彼らの娘は、アジアを見に1年間放浪し、疲れ果てて帰ってくる
筆者はべトナム帰りの、心を患った不審者に襲われそうになる
などなど
楽しい話だけでなく、しっかり考える話題もある
どうも、アメリカという国はあまり好きでない
という人が多い
私も、本当のところどういう国なのか、どんな国民性なのか
よくしらないのだが
映画9.11を見て、世界の警察を自認するおせっかいな国という印象を受けた
しかし、医療にしろ、息子が勉強する方にしろ
学問はとても進んだ国らしいのだ
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July 17, 2006
劇団ひとり
彼はお笑い芸人かと思っていたが
NHKの朝のドラマで立派に俳優として演じていた
俳優もできるんだ、と思っていたら
小説も書くらしい
いろいろ前評判が高いように聞いていたので思わず手にとって読んでみた
表紙の写真が古い日本家屋なので
なんとなくそういうイメージ(古い日本の)で入っていくと
はじめはそうでもない
道草
拝啓 僕のアイドル様
ピンボケな私
Over run
鳴き砂を歩く犬
の5つの章からできている
この5つは、はじめは、ひとつのストーリーかと読み始めたが
全然別の話だった
では、短編 5つの作品集かとおもいきや
そうでもない
1つの話に登場する主人公なり登場人物が
全く別のストーリーの中に、脇役として登場する
それが、時代もからんできて
タイムスリップしたような
全く別の次元で見ているような不思議な印象を与える
全編をとおして、落ちこぼれた人たちを
表紙の写真のように
出窓にすわって見つめているような作品だ
まだ経験していない、先に歩んでいる人の人生を語る
というのはなかなかむずかしいだろうに
うまいと思う
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July 16, 2006
プリズンホテル春 浅田次郎
プリズンホテルの最終巻
う~む。読み出したらやめられず
夏、秋、冬、春ときたが
これは★★★といったところ
浅田次郎の本は、壬生義士伝、蒼穹の昴、椿山課長の七日間 を読んだが
このシリーズはいかにも軽い感じがする
主人公の屈折した愛の形は、実は自分の生母、継母に対する
トラウマのような感情からきているのだったが、
最後に変身するごとく変わってしまうのは驚いた
でも、主人公以外の周辺人物はそれなりにおもしろく、1冊ごとに変わるテーマも
熟年離婚、やくざと警察、安楽死、救急救命、文芸賞、といろいろ多彩だ
安藤優子さんが解説に書いていたように、
気持ちの滅入っているとき、
入院したときのおともにはいいかもしれない
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July 04, 2006
プリズンホテル2 秋 浅田次郎
地元の人がプリズンホテル(監獄ホテル)と怖れ、
県警がマークをしている、その筋専用のホテル
奥湯元「あじさいホテル」が舞台の第2作
このホテルのオーナーは当代きっての極道の大親分で、
この親分を伯父に持つ、小説家が主人公だ
今回は、とんでもないことに、このホテルに任侠大曽根一家ご一行様と、警視庁青山警察署慰安旅行ご一行様が同宿することになる
あの「蒼穹の昴」と同じ人が書いたとは思われない、
おふざけ、かる~い感じの本だが、読んでいくうち最後まで読まずにはいられないのは、前作と同じだ
しかし、定年間際で、万年旅行幹事を任されるさえない巡査部長が
その実、実も骨もあるまことに魅力的な人物だったり
大親分が人生の裏も表もかみわけた、おもしろい任侠だったりするのはさすがにうまい
たいがい、主人公には思いいれができ、同感したり感情移入していくものだと思うが、どうもこの主人公の愛に飢え、暴力的になるさまは好きになれないでいた
が、今回ちがう方向もみえ、次の春、冬が楽しみだ
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June 14, 2006
100万回のコンチクショー
野口健
世界最年少で、七大陸最高峰を制覇した野口さんは
エべレストを登山した時に、
海外の登山家から、日本隊のゴミマナーの悪さを指摘され
「コンチクショー、必ずこのゴミをきれいにするぞ」
と奮起する
その後、日本山岳会のバッシングにあいながらも
スポンサーを探し、資金を集め、
4年間で、8トンのゴミを回収する
標高8000メートルでの清掃活動は、想像以上の過酷な仕事で
彼自身も体を壊し、シェルパもその後遺症で3人亡くなっている
その後、シェルパの人権を取り戻すために
シェルパ基金を設立したり、
日本の子供たちのための環境学校を作ったり
精力的に活動を続けている
彼のこの熱い生き方、血は、彼の両親からうけついだものだ
「怒りが僕の原点だ」と彼はいうが
子供のころ、荒れていて落ちこぼれていたそのエネルギーを、
現在は上昇エネルギーに変えて、
おおげさでなく、本当に地球のために活動している
ちょっと、あなた、ぼ~っとしていいの?
といわれているような気分だ
ゴミを出すだけ、
水は使い放題、
ボランティアはなかなかできなくても
自分の出すゴミは少なくしよう
いらない包装は断るとか
スーパーに袋を持っていくとか
はじめてみますか・・・
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June 12, 2006
古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家
井形慶子
本の題名に引かれて読んだ
納得のいくところもあり、そうかなぁと疑問に思うところもある本だった
イギリスは古いほど、家の価値が高くなり、
古くて趣のある家が集まり、魅力的な英国の住宅地を作りあげているという
一方、日本の家は高価なシステム・キッチンなどを装備しながら、
築二十年を経るとほとんど無価値になる
1軒1軒がばらばらなテイストで建てられた日本の家
無秩序な家並み、町並みにはなんの魅力もないと書く
イギリスでは、家を買ったときが始まりであり
家と関わる喜びと楽しみを知っていて
時間をかけて、自分の好みのスタイルに家を作り上げていく
引渡しを受けたときが完成ではない
庭なり、外壁、インテリアにしろ、
自分で居心地の良い空間に作り上げていく
日本は床暖房、システムキッチン、浴室乾燥機などなど
ハイテクで便利になっているが、
洋風と和風が入り混じり、ちぐはぐな印象を与える
と書く
私はイギリスに行ったことがないのでよくわからないが
全般に、ちょっとイギリスに肩入れしすぎているかな
という感はする
しかし、自分の欲しいものはとことん追求し、買ったものは大事にする、
伝統を重んじる
家も使い捨てではなく
修理し、リフォームし、住み続ける
というのは、大事なことかと思う
食事でも、日本は和、洋、中華、アジアン、なんでも取り入れ、何でも作る
融合がすきなのは国民性かもしれない
洋のいいところを取り入れ、便利で住みやすい新しい和の住宅を作るというのは、悪いことでもない気がする
しかし、ごちゃごちゃとした、
我が家のリビングを見渡すと
ちょっと、なんとかした方がいいかな・・・・という気持ちになった
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April 17, 2006
「生きぬくことは冒険だよ」
長谷川恒男
マッターホルン、アイガー、グランドジョラスの三大北壁冬季単独登攀
をした長谷川恒男さんの本
彼がパキスタンで雪崩にあって亡くなってから15年がたつ
彼は、山に「登る」のではなく
山に「とりつく」という表現を使う
巨大な氷の垂直な壁を、まるで虫がとりつくように
登っていくのだ
行きたくない、怖いと思いながらも、研ぎ澄まされたような感覚で
取り付かれたように山に向かっていく
氷を削って、寝る場所をつくり、氷の上でビバークする
寒さ、孤独、恐怖を乗り越え、
自然と一体になった時に登頂することができる
それは、まるで修行僧の心のありようにさえ似ている
この本の間に挟まれた写真、それは白黒の写真なんだけれど
どれも美しい
山の高貴さ、尊厳、怖さが伝わってくるような写真だ
しかし、植村直巳さん然り、長谷川恒男さん然り
そして、日本のみならず世界の登山家が
数多く、山で遭難している
自然の中では人間のなんとちっぽけなことか
いどんでも、いどんでものみ込んでしまうような大きさだ
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April 02, 2006
野々村馨著
食う寝る坐る永平寺修行記
筆者は普通のサラリーマンだったが、突然出家し永平寺に入る
頭をまるめ、門をくぐる一日前からの様子、永平寺での修行の生活が事細かにつづられている
先日、永平寺に行って献茶式に出席し
そのとき感動したことが、彼の言葉によって何故だったのかが
わかったような気がする
永平寺での修行は、朝起きてから夜寝るまで、
すべて、起床も、洗面も、食事も、入浴も、仕事も、もちろん座禅も、
トイレさえも定められたとおり行わなくてはならない
「起きて半畳、寝て一畳」の世界の中で、
先輩雲水の暴力ともいえる教えを受けながら自己を埋没させていく
すべてのことが、定められたように進み、すべての雲水が自分の立場を心得、自己を捨てそれぞれの役割に徹することによって永平寺が存在している
そこには、個人の感情などさしはさむ余地はない
必要最低限のものだけにそぎ落とされた物欲
法堂での、
「水盤に揺らめく水のように大きく静かに波打つ」
あの読経も、
とぎれることなく続く、法要の流れも
廊下を足袋はだしで歩いても、ほとんど汚れなかったのも
雲水さんの修行のなせることだったのだ
読んだからといって私の生活も、物欲も相変わらずで
(おいしいものは食べたいし、靴は欲しいし・・・・)
何も変わらないのだけれど
あの冷え切った空間を揺るがしていた読経の声は
忘れないと思う
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March 24, 2006
この本1999年とあるから、今から6年前の本だ
野口健さんは当時まだ大学4年生
本の書名にもあるとおり、おちこぼれた子供、学生だったのが
植村直巳さんの「青春を山にかけて」で立ち直り
世界最年少で7大陸最高峰登頂に成功する
そのことは多分ニュースでも話題になっただろうけれど
それまで、彼のことは知らずにいた
目的もなく、成績も悪く、けんかもし、そんな青年が山に登って、更生できた
すごいなと思って、彼の名前を覚えた
その後、スポーツのトーク番組でマッキンリーでクレバスに落ちた話をしたのを実際に聞いたり、ヒマラヤや富士山のゴミ清掃活動を続けている話を聞いたりしたら、話のおもしろさに、すっかりはまってしまった
あらためてこの本を読んでみて、細かな内容は忘れていて、また再び感動してしまった
熱があろうが、肋骨がおれていようが、彼を山にかりたてているものは何か
ただ、名誉とか記録とかだけではない
「なぜ苦労して山に行くの」
と聞かれて、彼は
「平地にいるのは、だらっとしているねこと同じ。山にいくことで人間本来の動物本能がめざめ
ヒマラヤに住む動物のようになれる」
といっていた
自分のためだけでもなくて、常にシェルパの生活も思い、
彼らの中に入り込んで主従関係ではなくて、友人となろうとしている
富士山のゴミ清掃活動も、複数年にわたり、
5合目から上はずいぶんきれいになったと聞く
ヒマラヤの酸素ボンベやテントのゴミ収集は、過酷な自然環境のため
体がもたないらしい
それでも、山をきれいにする活動を続けている
すごい人がいるものだ
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March 12, 2006
子供のころ、時代劇(多分人情ものの)を見ていて
「私も江戸時代に住んでみたかったなあ」
といったら、兄が
「お前、馬鹿だな、封建社会で、庶民は搾取されているんだぞ」
という風なことをいって怒られた
しかし、幕末に日本に来た外国人が、日本文化のすばらしさに驚き、
今、西洋の文化が入ってくることは日本人にとっていいことだろうか・・
と、憂いて日記に書いていると最近になって聞いた
また、べつの外国人は日本人の暮らしぶりを見て
「江戸の人々は、とても子煩悩である、こんなに子供をかわいがる民族は見たことがない
また、職人の技術が優れている、人々はあまりものをもっていないが仲良く暮らしている」
と記述している、と聞いた
朝から男たちが集まって、子供と遊び、
みんな自分の子供の自慢をしていたりするそうな
案外と江戸の人々は、それなりに幸せに暮らしていたのかもしれない
でも、朝から遊んでいて仕事はどうするの?
と疑問に思ったが、これ、杉浦日向子さんの「一日江戸人」を見てわかった
彼らは、一月のうち半分くらいしか働かないらしい
時間にしたら、一日4時間しか働かないということだ
とにかくお金には執着しない
宵越しのゼニは持たぬ・・というやつだ
その日暮らして、おまんまにありつければいい
働くことにあくせくしない
お金がなくなったら、働く
現代の江戸人である筆者が、イラストつきで楽しく江戸時代を案内している
どういう男がもてるか。。。なんてのもあっておもしろい
髪は今床屋にいってきました・・・なんてのは野暮で
2日前にいった、くらいの少しゆるめなのがいい、とか
頬はすべすべ、耳はめだつので綺麗にとか
歯みがきはこまめにするとか
特技を身につけよ(唄とか三味線など)
金持ちのお坊ちゃんは
一見地味なつくりでも(ものはいい生地)、羽織の裏とか、紐とかにお金をかける
一般少年の場合は
お金はかけなくても、清潔感をこころがける、笑顔がうりもの
なんて、今でもあてはまるじゃないの
江戸時代にタイムマシンで行ったように、事細かに書かれていて
日向子さんの、江戸知識には本当におそれいってしまう
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March 10, 2006
私も本棚を作ってみた
まだ作ったばかりで、はずかしいが、棚は、がら空きだ
これから、1冊づつゆっくり増やしていきたいな
久世光彦さんが亡くなった、とテレビで報じていた
テレビドラマなどの演出家として有名だが、作家でもあった
「寺内貫太郎一家」は向田邦子さんの作で、彼の演出
私が学生のころ放映されていたから、はるか昔だ
当時としては、常識を破ったような突拍子もないドラマだった
毎回、樹木希林さんが沢田研二さんのポスターを見て「ジュ~リ~」と叫ぶシーンとか
けんかのシーンで、本当にけがをしたとか、逸話が多かったと聞く
小説「寺内貫太郎一家」の解説に久世さんは
これは、みんなが元気だったころの、元気なドラマだった
目を輝かせてテレビという玩具で遊んでいたころの
元気なドラマだった
と書いている
時を同じくして、NHKでも「天下御免」という破天荒なドラマを放送していた
今は、もうあんな元気なドラマたちにはめぐり合えない
社会が成熟してしまって、ところどころにほころびができ
どんどん穴が広がっている感じだ
テレビも、やたらとクイズ番組が多かったり、
芸能人同士が楽しんでいるようなトーク番組が多い気がする
今、向田邦子さんが生きていたら
どんなドラマを書いているだろう
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March 07, 2006
数学は苦手だった
学年が上がるにつれますます苦手になった
高校のころ、1年生の最初のテストでつまずいて以来
さらに相性が悪くなった
ベクトル、logとかみると熱がでそうだった
実際、拒否反応をおこして、いよいよ成績は振るわなくなった
数学の天才である博士は、17年前の交通事故で記憶を失い、80分しか記憶がもたない
その博士と、世話をすることになった家政婦、
そしてルートと名づけられた家政婦の息子の3人の物語
博士は素数をこよなく愛し、美しいという
ん?素数が美しいのか・・・・?
1-1=0 の数式が美しいという
0は0だ
0の存在はすばらしい?
う~ん、私にその論理は土台無理だ
美しいとは思えない
もともと論理的なあたまにはできていない
しかしその「数字」がこの物語の中では美しさを身にまとい、
たんたんと続くなにげない生活に輝きを与えているのだ
博士と、家政婦親子が出会い
誰にも引き裂くことのできないつながりがうまれ
喜びに満ちた日々がはじまる
「悲しくも美しい」とは陳腐な言い方だが
それにぴったりの話だった
それで、数学は好きになれそうか?
こればっかりは、
・・・・・否
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March 05, 2006
安野光雅と藤原正彦の対談
両氏が師弟関係にあったとは初めて知った
かたや画家であり、かたや数学者で
二人が日本語の美しさを語るのはへんな気がするが
安野氏の美の根底には文学の叙情があり
藤原氏の携わる数学と言う学問もまた美しいものであるらしく、
日本語の美しさを語るのになんら不思議はないらしい
安野氏の絵本にはじめて触れたとき、
じっといつまでみていてもあきない楽しさ、
どこかに秘密が隠れていそうなわくわく感を感じた
高い空の上から、ゆったり眺めているような
奥深い感じは、彼の叙情に裏打ちされたものだったのだ
二人は若いころから、名文に親しむようにと熱く語っている
日本の文学作品、童謡、唱歌には
美しい日本語があふれている
もっとも美しい言語の国に生まれたのだから
古典を含め、もっと本を読めと力説する
美しい日本語に触れ、美しい情緒を培い
祖国への誇りと自信を持つようにと説く
本を読むうち思いだした詩がある
三好達治の「甃のうへ」
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
おみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
・・・・・・
中学だったか、高校だったか
この詩は4月の一番はじめに習った
エンタシスの柱が思い浮かんだから
み寺は唐招提寺だろうか
いや、まったく関係ないかもしれない
何十年も前に習ったのでも
今でもその教室の光景を思いだすことができる
音にだして読んでみると
かくも日本語は美しいというのを実感できる
今からでは遅いかもしれないが
また他の詩も読んでみたくなった
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February 23, 2006
小学校4.5年の頃、一度だけ作文を提出しなかったことがある
先生に
「たまちゃんと○○ちゃんはまだ出していませんよ」
としかられた
そんなに賢くはなかったけれど
それまでは、提出物はちゃんと出していたので
クラスメートが不審そうな顔して私の方を見ていた記憶がある
決まり悪いったらなかったけれど
これは、今から思うと度胸があったが
自分で出さないと決めてしまったのだ
何の作文かというと
映画の感想文だった
学年中、みんなで映画館に映画鑑賞に行き
その、感想文を書かされたのだ
どうして出さなかったかというと
映画を見ていなかったのだ
とにかく怖がりで、心配で(先のストーリーが)
映画をじっと見ていられなかった
何の映画だったか、はっきりは覚えてないけれど
動物の話だった気がする
怖いところは、トイレにいっていたのだ
何回もトイレで時間つぶしていたものだから
ストーリーがわからない
作文も何を書いたらいいのかわからない
それで、ズルをきめこんでしまった
(先生、ごめんなさい)
・・・・ ・・・・・ ・・・・・
今も、その怖がりを少々ひきずっている
映画は怖いところは、手をかざして、指の間からそおっと見る
朝ドラは、1週間分のストーリーを先に読んでおく
ミステリー小説は、先に結末を読んでしまって
納得してから、先頭に戻り読む
そんな私だけど
mihokoさんに触発されて読んだ
東野圭吾「容疑者Xの献身」
これはちゃんとまじめに、はじめから読んだ
刑事コロンボ式に、犯人が初めの方でわかっているからか
それでも、刑事の執拗な探索は怖いのだけれど
いつのまにかひきこまれていった
そして、最後の結末
あまりのことに、肩がぐっと重くなって
いっぺんに疲れた
人間というのは、こんなにも悲しいものか
テーマになっている数学という理性と、感性のギャップが
おもしろかった
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January 12, 2006

先日、JRに乗るとき、何か読む本はないかと本箱を探して
ひょいとかばんに入れた本
新田次郎の「八甲田山死の彷徨」
12月からの大雪でそれを取る気になったのかもしれない
日露戦争の前夜、厳寒の青森、八甲田山で
雪中行軍が決行される
青森側と弘前側、両方からの雪山訓練が
比して語られている
2年前、八甲田山に行った時
すっかり本の内容は忘れてしまっていて
雪中行軍遭難者銅像の前で
呑気に記念写真とったりした
明治の頃に、ここで、無謀な訓練のために
たくさんの若者が立ったまま凍死していったのだ
青森側からの一隊は、指揮系統が統一されていなくて
ついには199人もの凍死者を出す
映画ではあの北大路欣也さま(!)が先導者の大尉を演じていた
弘前側の隊、高倉健演ずる方は少数精鋭隊で
無事全行程を走破する
綿密な計画と、案内人をたてたこと、自分の信ずるところを貫いたことで
成功できたのだ
でも、成功した方も、人間的には魅力溢れる人物には描かれていない
骨の髄まで軍人で、面白みがまったくない
いきいきと、といおうか命がおもしろく描かれているのは
案内人たちだ
嵐と呼吸をあわせ、雪の中を泳いでいるような
「さわ女」という女性
凍死寸前の案内人である夫を助けた「つる」
この二人が妙に心に残っている
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November 06, 2005

入院するにあたって、娘が図書館で本を借りダメしてくる
「お母さん、私の手術中にでも読んだら?おもしろいよ。でも、あの世へ行く話だから、ちょっとお母さんにはきついかもね」
と娘が私にも借りてきてくれた本がこれ
浅田次郎「椿山課長の七日間」
え~っ。あの世?
さすがに、手術中は読む気がしなかったけど
一段落してから読む
新聞連載だったとかで、軽いノリで読める
そこここに笑いとペーソスがちりばめられていて
一気に読んでしまう
あの世の入り口はまさに自動車免許の更新センターごときで
講習を受けて、改心、反省すれば
誰でも天国に行ける
次々とエスカレーターに乗って・・
しかし主人公とヤクザのおじさんと少年は
この世への決別がつけられず
1週間の期限付きで戻ってくる
というストーリーだ
まあ私は間違いなく講習を受けなくてはならない組だろう
(身に覚えあり?でも邪淫に溺れた講習ではないよ)
知らない間に自分が周りの人を傷つけている
その人を知っているつもりでも
その人の悲しみとか、孤独とか
本当は何も知らないのではないか
生きている間に、人間孝行せないかんな
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October 30, 2005

今月はじめ、北京に行って、紫禁城を訪ねた折
ガイドさんが
科挙の話、宦官の話をしていた
う~ん、どこかで聞いたような。。読んだような。。話だ
と妙に気になる
おもいだした!
「蒼穹の昴」だ!
ということで、また読みたくなって本箱から引っ張りだす
面白かったということだけ覚えているが
すっかりストーリーを忘れていて
あれあれ、こんな話だったんだ(笑) と思ってしまう
初めて読むような気分で、再び充分楽しめた
どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのか
わからないが
主人公二人をはじめ、歴代の皇帝、そして西太后が
強烈な個性で描かれている
膨大な資料をまとめ、中国の歴史をこんなにもおもしろく
今まさにその時代に生きたように書けるものだと
感嘆する
紫禁城、午門、大和殿、珍妃の井戸、景山公園、頤和園
前回はすっと読み飛ばしていたところが
今回は鮮明なイメージとして読後に残った
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September 05, 2005
源氏物語
から連想すること
平安時代
1000年も昔、西洋の小説が書かれるずっと前に書かれた
恋愛小説
絶世の美男子、光源氏
お母さん桐壺
おへちゃの末摘花?
学生時代、古典の時間に少し習ったけれど
忘れてしまって知識は断片的なそんなものだ
"いづれの御時にか、
女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり
音を聞いているだけで
なんだか雅な気分になったのを思い出した
お茶の先生が、
「現代語訳だから読めるわよ」
その源氏物語を貸してくださった
瀬戸内寂聴さん訳
これなら、読めるかな
一帖づつ読んでいくと、いつかは終わるかも
【桐壺】
身分の高くない、ふつうの女の子桐壷が (でも、と~ても可憐で美しい)
帝の寵愛を一身に受け、
玉の男皇子を産む
しかし他の妃たちのすさまじい嫉妬の怨念と迫害を一身に受け、
(平安時代も、数百年後の大奥も一緒だ・・)
はかなくも亡くなってしまう
そして帝は
強力な後だてのない皇子を東宮に立てては
皇位継承争いに巻き込まれた時、かえって苦労すると考え、
「一世源氏」として臣籍に降下する
ここまで
帝も、それだけ愛しているのなら
しっかりと守ってくれたらよさそうなのに・・・・
(今の皇太子さまは「僕が全力でお守りします」
という名言をおっしゃたっけ)
むざむざと桐壺を死に追いやってしまうのだ
しかし、残された光源氏は
つややかで美しく、
知能指数抜群、飛び級だってできちゃう
音楽の才もあり、芸大も入れそう
さて、どうなるんでしょ
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June 03, 2005

友達 あひるちゃんが貸してくれた「天使と悪魔」
なかなか読む時間がなかったのが
先日5時間の新潟の旅でじっくり読む
上下巻700ページの間、時間の経過はというと
わずか1日たらずのことだ
それでも、次々に山場が用意されていて
これでもか、これでもかと
ことらにせまってくる
イタリア、ローマ、バチカンが舞台で
折しも先日、時を同じくしてあのコンクラーベが
行われたりしたものだから
小説か事実か一瞬わからなくなったりする
もっとも、こんな奇想天外なことは
そう、起こりえない・・・か
映画になったら、手の指の隙間から見ていないと
怖い気もするけど
おもしろいだろうな
ローマの美術品、地下道、建築物にかんする記述は
全く事実に基いているというのだから
その薀蓄たるやすごい
ローマ、バチカンに行ってみたいよ---!
実は、
「こちらの方がおもしろかった」
というあひるちゃんの言葉に押され
「天使と悪魔」を先に読む
「ダビンチ コード」は
今からです
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